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Eva MichálkováによるPixabayからの画像 |
正直なところ、わたしは友人というものにそれほど執着はありません。
かと言って、これまでまったくいなかったという訳ではありませんが、数人いれば十分だと感じていました。
学生時代でも、打ち解けた友は2、3人で充分でした。
それは決して強がりだった訳ではありません。
当時は、バイトなどもしてましたから、只々自分の時間が欲しかったというのが、主な理由だったように思います。また、一人だと相手に気を使う必要がなく煩わしさも省けたからです。
こうしたわたし流のスタンスは社会人になっても相変わらずでしたが、ひとり例外がおりました。
彼といると前述のような「気を使う」ということがなかったからです。
それに彼(以下T君としましょう)はわたしのジャズ談義のお相手をしてくれる良きジャズ音楽アドバイザーという存在でもあったからです。
ここで、なぜT君のことを持ち出したかというと、T君の風貌、髪型(7:3分けの髪型)、服の好みなどがこれからお話しするビル・エヴァンス(Bill Evans)に似ていたからです。
それでいて、T君の一番のお気に入りはアート・ペッパーだったのですから笑えます。
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Дарья ЯковлеваによるPixabayからの画像 |
自宅にはわたしなど足元にも及ばない百万円単位のオーディオセットがあって、それがT君一番の自慢でした。なかでもスピーカーには一番コダワリがあったようで、メーカーは忘れましたが、それは途轍もなく大きな箱(?)でした。その上、T君は根っからのレコード派で、一時CDを集めたこともありましたが、ある時「CD全部処分した!」とあっけらかんと言っていたのがとても印象に残ります。
そう、そんなT君は不幸にも50代前半に、若くして亡くなってしまったのですが、それ以降ビル・エヴァンスのジャケットを見るたびにT君のことを思い出します。
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PexelsによるPixabayからの画像 |
最近では、当時T君とよく行ったDISK UNIONに立ち寄ることも多くなり、そこにいるとレコードを一枚一枚吟味するあのT君の後ろ姿が懐かしく思い出されます。
前置きはさておき、本題に入りましょう。
今回はビル・エヴァンスの数ある名盤の中で、わたしの一番のお気に入りアルバムの紹介です。
振り返るに、わたしはジャズというジャンルの音楽をかなり昔から聴いていますが、果たして「誰が一番好きなのだろうか?」、あるいは「どのアルバムを一番聴いてきたのか?」など改めて真摯に考えたことなどなかった気がします。
人によっては、そんなこと無意味と一蹴されそうな事なのかも知れませんが、人間年齢を重ね、ある時期を迎えると、そんな他愛無いことを考えたくなるものなのです。
ですから、お付き合いいただける方は、その点を踏まえてこの後をお読みいただければと思います。
そんな訳で、結論から申し上げれば、エヴァンスのアルバムでわたしの一番のお気に入りは、1977年スタジオ録音の「You Must Believe In Spring」です。
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< You Must Believe In Spring > |
Bill Evans(p)
< You Must Believe In Spring >
- 01 B Minor Waltz
マイナー・ワルツ(エレーンに捧ぐ) - 02 You Must Believe In Spring
ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング - 03 Gary's Theme
ゲイリーのテーマ - 04 We Will Meet Again
ウィ・ウィル・ミート・アゲイン(兄ハリーに捧ぐ) - 05 The Peacocks
ピーコックス - 06 Sometime Ago
サムタイム・アゴー - 07 Theme From M*A*S*H
マッシュのテーマ - 08 Without A Song
ウィズアウト・ア・ソング (ボーナス・トラック) - 09 Freddie Freeloader
フレディ・フリーローダー (ボーナス・トラック) - 10 All Of You
オール・オブ・ユー (ボーナス・トラック)
若い頃のわたしは、コルトレーンやマッコイ・タイナーのような楽器を全開で演奏するようなプレイヤーが比較的好みでした。しかしながら、それも歳とともに薄れ、激しいものからシットリとした演奏が心地よく思えるようになったのです。
音楽思考も年齢とともに「動から静」へと移り変わるのは極々自然なことなのかも知れません。その結果、行き着いたのがエヴァンスだったという人も多いのではないでしょうか。
そんなわたしもその一人です。
極めて一般的と言えばそうなんですが、へそ曲がりなわたしにとっては「一般的」に収まることは、多少屈辱に思えることがありますが、最近では割り切れるようになってきました。
そんな変化に家族からは、そのうち「演歌が好きになるのでは?」と揶揄されることもあります。(演歌ファンの方すいません)
余談ですが、実は「津軽海峡冬景色」など以前よりは違和感なく聞けるようになったのも事実です。
話を元に戻します。
さて、そんなわたしも当然ジャズファンでしたからビル・エヴァンスのレコード、CDは以前からそこそこ持ってはいましたが、それも「PORTRATE IN JAZZ」、「INTERPLAY」、「GREEN DOLPHIN STREET」などなど極めて代表的なものばかりでした。
そんな時、サブスクのストリーミングでアルバム「You Must Believe In Spring」を聴き、エラい衝撃を受けました。それは全身からすべてのチカラを抜き取られたような衝撃でした。
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< PORTRAIT IN JAZZ > |
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< INTERPLAY > |
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< GREEN DOLPHIN STREET> |
確かに、それは今まで自分が知っていたエヴァンスではあったのですが、その時は更なる高みに位置するエヴァンスに感じられました。
そして、「もっと早くにこのアルバムに出会えていたら・・・」と当時は後悔の念に駆られたことをいまでも覚えています。
それ以来、ビル・エヴァンスを再認識、再評価したのです。
エヴァンスファンの方からすると「何、今頃言ってんの!」とバカにされそうですが、「まだまだ自分は聴き足りないな!」と痛感しているところです。
言い訳がましいですが、サンタナはじめ70年代のロックやクラシックなどを二股三股で愛好しているわたしとしては、どうしてもそれぞれが手薄になってしまいます。村上春樹氏のようには到底いきません。
ジャズの世界はクラシック同様に奥が深くて、わたしの知らない第2第3の「You Must Believe In Spring」のような名盤が埋もれているのかも知れませんね。
その意味ではワクワクしています。
思い返せば、いっとき、毎日このアルバムをかけていた時期がありました。
オーディオ装置を前にしてジックリと聴き込むもよし、パソコンを前にして何か作業をしながらでもよしと、エヴァンスのアルバムは自由自在なところが幅広いというか、奥深いと思います。そんな点がエヴァンスのアルバムのひとつの特徴であり魅力なのかも知れません。
中でもこのアルバムは最高に充実した内容だと思います。
タイトル曲の「You Must Believe In Spring」はもちろんのこと、すべての楽曲が美しいメロディーで纏まっていて、なんとも贅沢なアルバムです。
強いて言えば、わたし的には9曲目の「Freddie Freeloader」は全体のバランスからするとチョッと異質に思えます。
しかし、気分転換という意味ではアクセントになります。
まあ、8、9、10曲目がボーナス・トラックで追加されたということを考えれば当然なのですが。
いずれにしても、このアルバムの魅力は選曲の素晴らしさだと思います。
演奏スタイルがどうのとか、テクニックがどうのといった専門的で高度なことは、わたしには分かりませんが、エヴァンスらしさ、聴きやすさ、ジャズ音楽の魅力を誰でも感じ取れるアルバムだと自信をもって推奨できます。
ちなみに、キース・ジャレットのソロアルバム「The Melody At Night With You」は、
エヴァンスのこのアルバムを意識しインスパイアーされたのではと、個人的には思っています。
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キース・ジャレットのソロアルバム < The Melody At Night With You > |
調べてみると、「You Must Believe In Spring」というアルバムは1977年収録のワーナー移籍第一弾のアルバムとして発売されています。エヴァンスのディスコグラフィーデータで年代順に見てみると、彼は1980年9月に亡くなっていますから、彼の晩年に近い作品と言って良いかと思います。
注目したいのは、このアルバムが制作されたのがエヴァンスのトレードマークである、あの黒縁眼鏡、ネクタイ、7:3に分けたヘアースタイルというお馴染みの正装から一転して、長髪で口髭、顎髭をはやしたラフなスタイルに変身した時代の作品ということです。
「PORTRAIT IN JAZZ」のジャケット写真の彼ではないのです。
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< PORTRAIT IN JAZZ > |
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トニー・ベネットとの1975年のアルバム |
さらに驚きなのは、この時期のエヴァンスは若かりし頃からの薬物依存の影響で、肉体的、精神的に限界に近い状態だったことです。
長年の薬物接種の影響で、指の動きもままならなず、体力的にも演奏活動は不可能ではと周りからも危惧され、当時入院という提案もあったようです。
髭などをはやし髪を長髪にしたのも、病状の悪化による見た目の変化を隠すためだったと言われています。
しかしながら、彼はその後も演奏活動、アルバム制作を続けていきます。
タラレバ論はあまり好みませんが、もしもエヴァンスがここで周りの人の提案を受け、入院治療をしていたら、わたしたちはこの名盤に出会えていなかったかも知れません。その代わりにもっと多くのエヴァンスのアルバムを聞けたかも知れない、なんて考えることが無意味でキリが無くタラレバ論を嫌うところなんですが・・・
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Anindita Erina KhalilによるPixabayからの画像 |
さて、上記でこの「You Must Believe In Spring」というアルバムが、まず選曲が素晴らしいということに触れましたが、更につけ加えると全体を通して物静かでどことなく儚さを感じるわたし好みのアルバムであるということです。
このアルバムが晩年の作品であることを知ると頷ける部分は多いのですが、前述のようなボロボロの状況下で制作されたことを思うと息が詰まるほどに切なく感じます。
エヴァンスは人一倍ジャズ音楽を愛し、追求し、演奏し続けました。そしてそんな彼に常に付きまとったのが薬物でした。どうして彼は人生のほとんどの時間を、自虐的とも思える程に薬物と関わりを持ったのでしょうか。ジャズミュージシャンには薬物と関わり自ら破滅していった人は多々います。前例もたくさん知っていたはずです。薬物が自身の健康を害し、人生を短縮することは充分にわかっていたはずなのに、なぜ彼らは同じ道を辿ってしまうのでしょうか。
そこが、わたしのような凡人には理解し難いところなのですね。
自身の体力の衰えを感じつつも、なおも薬物に傾倒し演奏活動も続けた晩年のエヴァンス。
このアルバム「You Must Believe In Spring」は数ある彼のスタジオ録音の中でも、間違いなく最高位に位置するアルバムだとわたしは確信しています。
身内の度重なる死と自身の病を背景にしながらできたこのアルバム。
アルバムタイトルは、そんな真っ暗などん底の現状から微かな希望の光さえ見出せたらというエヴァンスの期待が「Believe」という単語に象徴されているように、稚拙なわたしには思えてなりません。
そして、この見事なアルバムが世間一般に言われているところの、薬物による一時的な精神の興奮などによってできたものではないと信じたいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
そして、この投稿が前述のT君へのトリビュートとなれば幸いです。
from JDA